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2009. 6. 30 懐かしい。。。

Posted by 小瀧真人 on 30.2009 未分類   1 comments   0 trackback
皆さまこんにちは。
またもや長い間ブログをお休みし、申し訳有りませんでした。

先週から、我が自宅下の車庫の塗装が始まっているのですが、ケレンもおおよそ終わり、下塗り塗装が始まりました。
DSCF2243.jpgDSCF2245.jpg










DSCF2246.jpg
周囲の養生から始まり、暑い日も、シャッターを閉め切った状態で、防塵服、防塵マスクを装備し、サンダーでのケレン!
職人さんが帰り、夜になると、進捗が気になる私は、きまって現場の確認をする。

まだ粉塵が舞った現場の温もりが残る空間で、私は工事監督者であった過去を思い出す。



ブルーシートの何ともいえない匂い。 粉塵の溜まった足場板。 日頃職人さん達が使いこなしている念気が入った工具達。
昔のクセなのか、足場板は割れていないか、電動工具には、プラント管理会社の検査済みのシールが張ってあるか等、どうしても気になる(汗)。
脚立や、足場の検査証をぶら下げ、サインなんかしちゃったりして(笑)。

私はその匂いを感じながら、様々な事を思い出していた。
本当に色々な人達に育てて頂き、そして支えられ今日の自分が有る事に驚く。

本当に感謝だ!



現場説明の際に、久しぶりに社長に会ったのだけれど、昔の面影はそのままだが、社長としての風格が漂うその話し方で、月日の経過を感じた。

後日、見積書に書かれた塗料のグレードを見て、私は「さすがだ。」と感じた。
我が家の立地、方角を考慮しての、”エポの2液” 4回塗り。
日頃から大きな堅い工事をしているだけあり、さすがだ。



色を決める際には、家族の意見が面白かった。

ピンクだ、グリーンだ、真っ黒だ・・・・   ビックリするような意見が飛び交う中、
私は必死に無難な色に説得した(笑)。

ベージュと、薄茶色で決定!
やれやれ。








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2009.6.17 

Posted by 小瀧真人 on 17.2009 未分類   0 comments   0 trackback
プロの職人による靴磨きテクニック










プロの職人によるアイロンがけテクニック(ワイシャツ)

2009.6.17 おはよう御座います!

Posted by 小瀧真人 on 17.2009 未分類   2 comments   0 trackback

皆さま おはよう御座います!

っていいますか、まだ寝ていません(汗)。

今から寝ます!


本当に、何も書けずに、申し訳有りません。


では、おやすみなさい。。。。。

2009.6.16 眠いです。。。

Posted by 小瀧真人 on 16.2009 未分類   0 comments   0 trackback
皆さまこん○○は!

またまた大変ご無沙汰して、申し訳有りません(汗)。

と、いいましてもサボっていた訳ではありませんよ~。

いっぱい いっぱいでした。 いやっ、現在進行形です(汗)。


ここ3日で、何時間眠れたのだろうか・・・
(でも、自分のせいである)


背中が、かなり痛い!


申し訳ありませんが、もう寝ます。。。。。

お休みなさい。



2009. 6. 5 ビーチバレー

Posted by 小瀧真人 on 05.2009 未分類   4 comments   0 trackback
皆さまこん○○は!

誰か一緒に参加しませんか?

私の性格上、こういうのに、かなり燃えてしまうんです。

試合の最中も、砂浜でバーベキュー!

終わったあとも、砂浜でバーベキュー!


090605_032317.jpg


詳細は、こちら でご確認下さい。

真面目に誰か一緒に出ませんか?

気になる方は、6月18日締め切りなので、お早めにご連絡下さい。


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昨日から、このような事をしていました。

上の2つは、自らハンディカムを回しました!!!

ヘタクソですが(汗)。。。


















また徹夜。。。。。

一体、いつになれば、安定した生活習慣を送れるのか・・・


自分次第!!!






2009. 6. 1 感謝・・・

Posted by 小瀧真人 on 02.2009 未分類   3 comments   0 trackback
皆さまお久しぶりです。

またもやブログを長い間お休みし、申し訳ありませんでした。

書きたい事は沢山有るのですが、私は今月6月13日で、33歳になるので、あえて自分を見つめなおす為、今日は沢山書かせて頂こうと思います。

まずはこれです!

ohaka.jpg



「なぜお墓?」
と思われる方もいらっしゃるでしょう。  また、ブログにお墓を載せる人もあまりいないでしょう(汗)。

でも、あえて書きます。  先週の5月30日(土)は、私の兄の三十三回忌でした。

自宅で行ったのですが、朝から玄関の掃除~仕出し料理を取りに佐原の往復、供養、そしてこれまでお世話になっていた常北町のお墓から、神栖の海浜墓地にお骨を移し、自宅での粗餐。
そして、それが終わると、妻の実家がある佐原までまた往復・・・
そして、着替えて銚子、東金のお客様の所へ・・・
結構、ハードな一日だった。

私の兄は、3歳で”はしか”で亡くなった。   私が1歳の誕生日を迎える8日前に・・・

2~3日だるく、微熱は続いていたそうだが、風邪だという診断に安心していた両親は、決して忘れる事のない6月5日 に兄に別れを告げられてしまった。

「なんで?」その一言だったという。

急に熱が上がり、あまりにもあっという間だったという・・・

そんな辛い出来事を乗り越えた今、私は兄への感謝を込め、ブログを書きます。


私は全く記憶が無いのだが、よく私の面倒を見てくれ、とてもおとなしい兄だったという。
三十三回忌の前日、カビも生えてきた古びたアルバムを片手に、東京から帰って来ていた妹に、母が聞かせていた。


そのアルバムの中の兄を見て、妹は「士童にそっくり!」  私もアルバムを見て「ホントだ!」と・・・

士童とは、私の息子である。



そんな言葉を交わしながら、私は兄への感謝の想いを描いていた。


私は、小さな頃から「早く大人になりたい!」といつも話していたという。
それを聞いた母は決まって「何で?」と聞くと、「色んな事が出来て、楽しそうだから!」と言っていたという。

小さな頃から、とにかく好奇心が旺盛だったという私を、両親は大切に育ててくれた。

小さな頃に大好きだったプラモデルを毎週のように欲しい!と言えば、父と一緒に買いに行き、プラモデルでは物足りなくなった私が、本物のスーパーカーを見たいと言えば、レースを観に連れて行ってくれた。

釣りがしたいと言えば、釣りに行き、野球がしたいと言えば、キャッチボールをしてくれた。

しかし、そんな両親も一つだけ私の願いを聞き入れてくれない事があった。

”バイクの免許”だ。 

高校に入り、あまりにもバイクが欲しい私は、両親に何度もお願いをした。
「免許を取らせて。」
「ダメ」

「バイトで、お金を貯めて免許を取りに行きたいんだけど・・・」
「ダメ!」

何度も何度もお願いし、無い頭をフルに使い、あらゆる作戦を使ってもダメ・・・
どうしてなのか?・・・・    

未熟な私は、急がしい母をやっと捕まえ「良いでしょ?」と聞くと、「お店が終わってから話しよう。
今日は、真人がお風呂洗いの当番だから、お風呂も洗っておいてね。」

その晩、いつに無くお風呂をピカピカに洗い、準備万端のつもりで挑んだ交渉は、ある一言で終わった。

「お母さんは、みんな大好きなんだ。でも大好きな人が、自分のせいで死んじゃったら悲しいよね。
お母さんの言いたい事わかるかな?」

私は、ある言葉を思い出していた・・・

忘れもしない中学2~3年の頃、 同じ佐原中学校の同級生が、他の中学校生に”カツアゲ”をされたと聞き、私と仲間は、その中学校に”な○り混み”に行った。  その学校に着いた私達は、校門の前で、「○○を呼べ」と、学校帰りの女子生徒に話しかける・・・

しばらくすると、なぜか私の当時の担任の先生のワゴン車に続き、数台の車が凄い勢いで私達の前で止まり、中からスゴイ剣幕で出てきた先生は、「乗れよ!」と一言・・・

強制送還だった(笑)。

「校門前で、お宅の生徒が・・・」と、職員室から通報されていたのだ。
学校に戻り、夜の9時頃まで残されていた私は、友達と「帰りにくいな・・・」と話しながら、
自宅に帰った。

すると家には、誰もいない・・・
しばらくして母が凄い勢いで階段を走ってきて、ソファーに座っていた私に、走りながら強烈なビンタ。

当時、地元の祭りでお酒を飲んで帰ってきたり、Yシャツに血が付いていたり・・・・・
枕が、血だらけの事もあった。

そんな私の行動を黙って見てみぬフリをしていた母が、ついにキレた瞬間だった。

あまりにも帰りが遅い為、私の日に日に荒れていく日常と照らし合わせ、何かの事件に巻き込まれたのかと、近所を探し、学校に行き、探しまわっていたという・・・



「生きていて欲しい!」 
そんな事を親に言わせる高校生に、バイクの免許など取らせてくれる訳が無い・・・・・

そんな中学生の頃の私の過ちを思い出し、私はバイクの免許を諦めたのを覚えている。





しかし、その言葉の本当の重さを感じる事さえ出来ぬまま、その後も3度ほどその言葉を言わせてしまう事になる・・・

「免許が取れないのなら、警察にさえ捕まらなければいい。」

そんな間違った認識のまま、行動はエスカレートしていく・・・

仕事で疲れて寝ている両親をチェックしては、近所の家が密集した自宅に停めてある”母のお店の車”を、仲間数人でエンジンを掛ける音が聞こえなくなるくらい遠くまで押して行き、夜な夜な乗りまわしたり・・・ 
高校3年では、車で事故を起こし、足が車に挟まって出られなくなり、レスキュー隊に救出された事もあった。 そのときは、私の友人から夜中の通報で、両親は毛布を持ち、現場に来ていた。

後に聞いたのだが、毛布を持って行くという事は、”万が一の場合は、絶対に私を自宅に持って帰る。”という事だったらしい。



そんな両親に歯向かい続けた私でも、子供を2人授かり、日々健康に毎日を過ごせている。
本当に感謝だ。


この世に存在する事が出来て本当に感謝だ。


「生きていて欲しい。」
その言葉をもう一度受け止め、想うこと・・・・・



兄を亡くし、私に「生きる事ができる喜び」を常に家族に教え続けてくれている両親。
私はそんな両親を尊敬している。



お墓を神栖に移した今、やがて両親を、兄と一緒の場所に送り、そして守り続けて行く事。

そして、両親と同じように「生きる事ができる喜び」を常に家族に教え続けて行く事。

それが私の兄への恩返しである。




その為には・・・・



頑張ります。





ありがとう。




  

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